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2006年7月14日 (金)

思い出した。

座長のブログで思い出した。仮死状態で狛江の方に行って大道具を返して、舞台で出たゴミを中野に出しに行ったっけ。我が団体名は「日の丸エンジン」。廃品業者は車の部品を捨てに来ると思ったらしく、最初は法外な見積もり金額だったと思う。ところがモノは材木類と解るやいなやとても低額で引き取っていただいた(ラッキー!)。サプライズ!!次は照明さんだった(?)。高木氏とH氏と向った。部材を届け、その場で約束のギャラを渡す。色も付けられない。我がままも聞いてもらった。でも日の丸の気持ちしか渡せない。時間をかけずにお渡しするのが礼儀だと勝手に考えて、H氏に渡してもらった。その照明さんと今でもお付き合い出来るのは、解ってくれたとこっちが勝手に思ってる。サプライズ?

その後トラックとH氏の車はその場を離れた。髙木氏とオイラは精算作業があり、H氏と別れる道の信号に差し掛かり、徐行して相手の車の真横についた。3人しか分からないにぎやかな別れのポーズをとり別れた。笑って、笑って別れた。あの笑顔は忘れないよ。

精算作業ってのは緊張モノだ。商業高校、経済学部出身のオイラは社会に出てからその真逆を確実に歩んできた男である。ドキドキの収支決算は・・・サプライズ!!!

「順ちゃん!やったぜ!!次も芝居出来る!”!”!」って握手したと思う。ここまで来ると思い出したといっても、その当時が途切れ途切れだからしょうがない。たぶんこんな感じだったと思う。

後の記憶は・・・ううん?・・・あ!うん、うん!!焼肉食った。女舞監にお礼を言った。終始ヘラヘラしていた。喜びを忍ばせる術はない人間になっていた。喜びしかなかった。そんな瞬間だった事を座長のブログを読んで思い出した。

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2006年7月 6日 (木)

座長のブログから

旗揚げ公演の打ち上げ。

座長のブログで思い出した事。

ノンジさんが泣かなくなった。以前座長と二つの芝居で作家と向かえた打ち上げでは、顔のカタチが無い位クシャクシャになっていた。でも「ヘブンズホテル」では泣いていなかったと思う。この作品でノンジさんは少し演出と言う言葉に拘りをもっていた。それは日の丸の芝居に対する責任感から来る拘りだった。人に預けない、人のせいにしない。

だから泣かなかったのかは定かではないが・・・

また泣き顔もみてみたいなあ(笑)

座長のブログで思い出した事

興奮冷め遣らぬのは当事者だけじゃない。全裸になっちゃった奴もいたみたい。オイラはそのときTKO(疲れてしばし休息)でその男の裸体は拝んでいないが、共演者の一人が「全裸になるのは今のタイミングじゃ笑いは取れない」と演技指導してたらしい・・・       って言うか、そんな駄目だしもいらんぞ(笑)脱ぐな!

芝居の打ち上げにはルールはない。馬鹿万歳なのである。

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2006年7月 4日 (火)

あいちゃん

オイラが時々お世話になるお店の番頭さん。

今日は四十数年勤めた相沢さん(あいちゃん)のお疲れ様会だった。

関連業者などを含めると三十人くらいの飲み会が18時過ぎに始まった。

あいちゃんは無口なお爺ちゃんである。

小さくて、しわくちゃなお爺ちゃんである。

都合が悪いとすっとぼけるお爺ちゃんである。

進行の方が一人一人にコメントを求めたので、みんなそれぞれ労いの言葉を送った。

あいちゃんはポツンと佇んで一人一人の話を聞いていた。

最後にあいちゃんがお礼の言葉を述べた。

ボソボソと一言、二言いった後

「ありがとう」と言ってゆっくり頭を下げた。

タイミングを外さないように拍手をしようとした時、

あいちゃんは自分のペースでもう一度「ありがとう」と言ってゆっくり頭を下げた。

四十年の歴史ってなんだろう・・・?

オイラはまだ生まれてもいなかった。

あいちゃんはなんて可愛く見えるんだろう・・・?

昔は怖かったなんて信じられない。

何も語らなくても、あいちゃんをオイラが判断する。

いい人だ。

もう二度と会う事はないかもしれない。だからオイラも言っとこう。

「ありがとうございました。お疲れ様でした」

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